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東京高等裁判所 昭和49年(行コ)25号 判決

控訴人(原告) 株式会社日本メール・オーダー

被控訴人(被告) 東京都地方労働委員会

補助参加人 全日本商業労働組合

主文

一  原判決を取り消す。

二  補助参加人を申立人、控訴人を被申立人とする都労委昭和四八年不第三号不当労働行為申立事件につき、被控訴人が同年五月八日附でなした救済命令を取り消す。

三  第一・二審の訴訟費用中参加によつて生じた部分は、補助参加人の負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人及び補助参加代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

一  控訴人主張のとおり主文掲記の本件救済命令が発付されたこと及び右命令において、控訴人が、昭和四七年末の本件一時金につき、同年一二月一日補助参加人の日本メール・オーダー分会に対してなした上積み回答中「組合は生産性向上に協力すること」との前提条件を固執して分会と妥結せず分会所属組合員に対し本件一時金が支給されない結果をもたらしたことが、分会員に対する不利益扱いであり、分会の弱体化を企図したものであると認定していることは、当事者間に争いがない。

二  本件一時金に関する交渉経過につき、左記事実は、いずれも当事者間に争いがない。

(一)  控訴人(以下「会社」ともいう)は、主としてレコード・運動用具・教育用機材等の委託製造・販売を営んでいるが、その従業員中、補助参加人組合に加入している者は、日本メール・オーダー分会を結成し、他の従業員の一部は、日本メール・オーダー労働組合(JMO労組)を結成している。

(二)  分会は、昭和四七年一一月九日基本給の五箇月分プラス一律二万円(一人平均二七万円)の年末一時金を会社に要求し、会社は、同月一六日に暫定回答を行ない、同月二四日の第一回団体交渉において、従業員一人当り基本給の三・七一箇月分(平均一九万二一〇〇円)を支給する・査定部分の割合は原則として上下二〇パーセントとする旨の回答を行なつた。

(三)  会社は、同年一二月一日の分会との第二回団体交渉において、「組合は、生産性向上に協力すること及び会社玄関ドアガラスの破損弁償金七五〇〇円の支払をすること。」を前提条件として、基本給の三・七七箇月分(一人平均一九万五二〇〇円)を支給する・査定部分の割合は前回の回答どおりとする旨の回答をし、その後ドアガラスの弁償金に関する前提条件を撤回した。

分会は、右回答のうち、一時金の額及び査定部分の割合については同意の意向を示したが、「生産性向上に協力する」との前提条件については拒否の態度をとり、会社は、この前提条件が右回答と不可分一体のものであると主張したため、結局、本件一時金につき両者が妥結するに至らなかつた。

(四)  これよりさき、会社は、同年一一月二二日JMO労組に対し、年末一時金として、分会に対する前記(二)の同月二四日の回答と同一内容の回答をしたが、同労組が強い不満を示したので、同月二八日前記(三)と同一内容(ただし、ドアガラスの弁償金に関する前提条件を除く。)の回答をしたところ、同労組がこれを受諾して同月三〇日両者間に協約が成立するに至り、会社は、同年一二月八日同労組の組合員に対し右協約に基く年末一時金を支給すると同時に、非組合員に対しても、同労組と同一条件のもとに同一内容の一時金を同日支給した。

三  そして、いずれも成立に争いのない乙第二号証、第三号証の一、同号証の二の二、同号証の三、第四号証に弁論の全趣旨を総合すれば、前記交渉の経過に関し、さらに次の事実が認められるのであつて、乙第二、第四号証中同認定に反する部分は、たやすく措信し難い。

(一)  本件命令が発せられた昭和四八年五月当時における会社の従業員数は約二三〇名、分会所属の組合員数は二〇数名であり、JMO労組所属の組合員数は一二〇名を下らなかつた。

(二)  JMO労組も、分会と同じく昭和四七年一一月九日ごろ年末一時金を会社に要求したので、会社は、同月二二日JMO労組との第一回団体交渉において、分会に対する同月二四日の第一回団体交渉における前記回答と同一内容の回答をした。

会社は、従来一時金の支給額を決定する場合には、当年(過去一年間)の売上高を年間平均の従業員数で割つた一人当りの生産性を、前年の生産性で割つて生産性の上昇率を算出し、これを前年の従業員一人当りに支払つた賃金(平均基本給)及び一時金の総支給額に乗じたものと当年の従業員一人当りに対する総支給額との差額を、当該一時金の支給額とするという方法を採用して来たが、昭和四七年末の一時金に関する前記回答をするに際しても、これと全く同様の方法により支給額を決定した。すなわち、昭和四五年一二月から昭和四六年一一月までの間における従業員一人当りに対する賃金及び夏期・年末の各一時金の総支給額は八二万七四一二円であり、右年度の生産性に対する次年度の生産性の上昇率は一〇・九パーセントとなるが、昭和四六年一二月から昭和四七年一一月までの間における従業員一人当りに対する総支給額(年末一時金を除く)は七二万五四六八円となるので、827,412円×1.109-725,468円=192,131円の算式により、会社は、昭和四七年末の一時金支給額を従業員一人平均一九万二一〇〇円と決定したのである。

右回答の際、会社は、JMO労組に対し、一時金支給額の算出根拠を示すとともに、右金額が会社の支給し得る最大限度である旨を説明したが、同労組は、右支給額につき強い不満を示し、「われわれは、これまで一生懸命働いて来たのであり、これからもより一層仕事に励むから、支給額の上積みをしてほしい。」旨の要求をするとともに、支給額につき会社が再検討しないならば、ストライキも辞さないとの態度を表明した。

そこで、会社は、同労組に対し、将来において従来以上一生懸命に働くというのであれば、一時金の支給額につき再検討する旨を約した。

(三)  会社は、その二日後の同月二四日に開かれた分会との第一回団体交渉において、分会に対し、前記争いのない事実(二)のとおり回答をするとともに、JMO労組に対すると同様の説明を行なつたが、分会は、支給額及び査定部分の割合の両方につき不満を示したに止まり、交渉はそれ以上進展しなかつた。

(四)  会社は、JMO労組との前記(二)の約定に基き、一時金の支給額につき再検討した結果、従業員が生産性向上に協力する趣旨のもとに一生懸命働くならば、従来の営業成績から推して、翌四八年は一〇パーセント程度の生産性向上が見込まれるので、右生産性の上昇を一部先取りするという方法により従業員一人当り三一〇〇円の上積みが可能であるとの結論に達した。

そこで、会社は、前記争いのない事実(四)のとおり、昭和四七年一一月二八日JMO労組との第二回団体交渉において、「生産性向上に協力すること」との前提条件を付した上、一時金の支給額を従業員一人当り平均一九万五二〇〇円とする・査定部分の割合は前回の回答どおりとする旨の回答をなし、同労組がこれを受諾して同月三〇日両者間に労働協約が成立するに至り、会社は、同年一二月八日同労組の組合員に対し、右協約に基く年末一時金を支給した。

(五)  同年一二月一日に行なわれた会社と分会との第二回団体交渉の経過は、前記争いのない事実(三)のとおりであるが、右交渉の際、分会は、「生産性向上についての協力」ということは、人員削減を伴う合理化、労働強化、実質的な賃下げ、労働組合潰し、労働組合の御用化等につながるものであると考え、その内容につき会社に質問したところ、具体的な説明は得られなかつた。なお、その際、分会は、会社から、同日の回答と同一の条件・内容で、すでにJMO労組と協約が成立したことを知らされた。

(六)  会社は、その後も本件一時金につき分会と団体交渉を持ち、その際、「生産性向上についての協力」との前提条件の内容につき「就労義務のある時間中は会社の業務命令に従つて一生懸命働くという趣旨である。」と説明したが、分会は、右前提条件を第二回団体交渉の回答から切り離すべきことを要求し、会社は、右条件が回答と一体のものであると主張して、両者が互いに譲らないため、本件一時金について妥結が成立するに至らず、会社は、分会所属の組合員に一時金を支給しなかつた。

四  右認定及び争いのない事実に基き、本件一時金の不支給が不当労働行為に該るか否かにつき検討する。

(一)  会社は、従来従業員に対する一時金の支給額を決定するに当つては、会社の当年における生産性の上昇率(前年比)を前年の支給実績に乗じて得た額から算出する方法を採用しており、本件一時金支給額を従業員一人当り平均一九万二一〇〇円と決定したのも、同一方法によつたのである。したがつて、会社が、右決定額に上積みをするためには、翌年において従業員がより一層仕事に励んだ場合に見込まれる生産性の上昇を先取りするという方法をとることとし、一人平均三一〇〇円を上積みする前提として「生産性向上に協力すること」との条件を付けたのはもつともなことであり、これを付することに合理性がないという本件救済命令の見解は、採用し難い。また、金三一〇〇円という金額も、将来の利益を予想して算出されたものであり、将来の利益の見込については幾多の不確定要因を含んでいるわけであるから、右金額の算出に合理的な根拠がないとはいえない。

(二)  本件一時金に関する会社と二つの労働組合との前記交渉経過からも明らかなとおり、会社は、日を接してそれぞれ開かれた二組合との第一回団体交渉において、一時金の支給につき全く同一内容の回答を行ない、その後開かれた二組合のうちのJMO労組(その組合員数は、分会のそれの数倍である。)との第二回団体交渉において、「組合は生産性向上に協力すること」との前提条件を付した上、前記回答の支給額に一人平均三一〇〇円を上積みするということで交渉が妥結し、その旨の労働協約が両者間に成立したので、会社は、その後間もなく行なわれた分会との第二回団体交渉において、JMO労組との間に成立した右協約と同一内容(ただし、ドアガラスの弁償金支払に関する条件が付されていたが、これは、その後撤回された。)の回答をしたところ、分会は、「生産性向上に協力する」との前提条件を拒否し、会社は、右条件が回答と不可分であると主張したため、一時金につき両者の妥結が成立せず、会社は、JMO労組の組合員に対し協約に基く一時金を支給したが、分会所属の組合員には一時金を支給しなかつたのである。

「生産性向上に協力する」という表現は、たしかに抽象的であり、分会が、第二回団体交渉の際、右前提条件が人員削減、労働強化等前記のような労働者に不利益をもたらす事項につながるものと懸念したことは、理解できるけれども、その際、会社は、分会の懸念している事柄を肯定するような趣旨の発言をしていないのみならず、その後に開かれた分会との団体交渉において、右条件の内容につき、「就労義務のある時間中は会社の業務命令に従つて一生懸命に働くという趣旨である。」と説明しており(分会も、この内容自体については異論がないもののようである。)、しかも、JMO労組はすでに同一条件で妥結しているのである。ところが分会が、会社の説明を信用せず、右前提条件に特別の意味が隠されているものと解し、右条件には絶対に同意できないとの態度を維持したため、一時金につき会社との妥結が成立せず、分会所属の組合員が一時金の支給を受けられないこととなつたのであつて、これは、分会の自由意思に基く選択の結果にほかならないものというべきである。

会社としては、従業員の多数を占めるJMO労組と右前提条件を付してすでに労働協約を結んでいるのであり、また、右条件が会社にとつて合理的な意味を持つものであることは、前記(一)のとおりであるから、会社が分会との交渉で右条件を維持しようとしたのは当然である(もし、会社が、分会の要求に従い、右条件を撤回した上第二回団体交渉の回答どおり分会と協約を結んだならば、それは、JMO労組に対し差別的な不利益取扱をしたこととなろう。)。

そして、会社は、分会との合意が成立しない以上、分会所属の組合員に対して本件一時金を支払う義務を有しないのであり、分会員が一時金の支給を受けられない結果となつたことは、分会の交渉方針に基づく当然の結末であつて、これは分会員が甘受すべきところである。これをもつて、会社が分会員に対し不利益な差別的取扱をしたということはできない。また、前記交渉の経緯に照らし、会社が分会の弱体化を企図したとみることはできない。その他、会社の右一時金不支給を不当労働行為と認めるべき証拠は存しない。

したがつて、会社が、分会に対し、本件一時金につき前提条件を固執して妥結せず分会所属組合員に一時金を支給しなかつたことにより不利益取扱をしたとの本件命令の認定は、すべて理由がないものというべきである。

五  以上の次第で、会社に不当労働行為があつたものと認めて発付された本件救済命令は、右認定に誤りがあるので取消を免れず、控訴人の本訴請求は、この点において理由がある。

よつて、右請求を棄却した原判決は不当であるから、これを取り消した上、本訴請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条、第九四条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺一雄 宍戸清七 大前和俊)

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